Tunneling to the Center of the Earth (2009) by Kevin Wilson

Tunneling to the Center of the Earth by Kevin Wilson(2009, Harper Perennial)
 2011年に初の長篇THE FAMILY FANGが大当たりし、さっそく映画化の話も飛び出した作家Kevin Wilsonは、この短篇集でシャーリイ・ジャクスン賞*1米国図書館協会のアレックス賞*2を勝ちとっている。
 特徴は妙な舞台設定+温かさやほろ苦さがしみる人間ドラマと、抜群のリーダビリティだ。ジョージ・ソーンダーズと比較されることが多い。冒頭からキレのある短篇小説を読みたい人にはおすすめできる、クオリティーのそろった一冊である。ただし、物語にひねりとか崇高さを求める人にとっては食い足りないかもしれない。おすすめには☆マークをつけた。

  • Grand Stand-In ☆

 語り手である初老の女性は、夫や子どもを持たない人生を送ってきた。ふと「祖母募集。経験問わず」との広告に興味をひかれたことから、彼女はレンタルおばあちゃんとして核家族に派遣される仕事に雇われる。それなりに楽しみながら各家庭で役割を果たし、うまく嘘をつく。同僚も酒びたりの駄目なばあちゃんを演じるのが得意なタイプや、設定を徹底してつくりこみ、主に偉大な祖父を演じるタイプなどいろいろだ。祖母業未経験のわりにはかなりうまくやっているはずだった。
 しかし、ある存命の祖母の身代わりを勤める羽目になった彼女は、仕事にいちじるしく苦痛を感じる。

  • Blowing Up on the Spot

 スクラブル工場で務める語り手の青年は、毎日はきだされる木のタイルの山からQを探す単純労働に従事していた。労働が人間性をすりつぶし、人を壊していくさまを語り手は横目でみながら毎日出勤・退勤をただ繰り返す。例えばM担当の女性はWと見分けがつかないといい、しまいにはMとWのタイルを仕分け前のタイルの山に投げこんでW担当の男性とトラブルを起こす。
 彼のいまの住まいは小さな菓子屋の2階にあり、菓子屋で店番をする孫娘と青年は次第に距離をちぢめていく。同居する弟ケイレブは学校では花形水泳選手ではあるが、謎の人体発火で両親を失ってから、たびたび自殺未遂を繰り返していた……。
 スクラブルクロスワードパズルのような単語探し要素のあるボードゲームだが、もちろん本篇のように人力で文字を探させて作っているわけがない! 作中では探すべき文字の数にノルマやボーナスが設定されており、作業のつらさにディティールを与えている。“Grand Stand-In”に続き、イヤな架空の仕事が二連続で登場だ。

  • The Dead Sister Handbook: A Guide for Sensitive Boys ☆

 このSisterは絶対に姉だと思う。
 冒頭に「第5巻」と書かれた、架空の辞典の一部という体裁の短篇。どうやら「死せる姉」にまつわるハンドブックらしい。一例を挙げよう。
 「ラクロス - すべての死せる姉たちは、棒をつかうスポーツをする。ホッケーとかアイスホッケーなどだ。(スポーツとレジャーの項参照)」(後略)
 なんだ、これは。
 そのほか「日記のありか」「失血」「彼氏の名」など思わせぶりな項目がそろい、お姉ちゃんを愛する君たちを待ち受ける。

  • Birds in the House

 日本人の母の遺言で、不仲な兄弟たちは「各自作った250羽の折り紙の鶴に風をあて、最後に残った鶴を作ったものがすべての遺産を相続する」勝負に精を出す。兄弟たちのひとりの息子が観察した、おとなげない競争の一部始終。

 青春の一コマを描いた一般小説(たぶん)。学校で同じクイズ研に所属し、べったりと仲良かった少年2人。しかしある日ついうっかり、友情から恋愛や性欲に踏み出してしまう。仲のよさ、ぎこちなさ、きわめて思春期らしい描写が著者の小説の巧さを感じさせる。タイトルは2人が家でプレイする格闘ゲームに由来。

  • Tunneling to the Center of the Earth

 表題作。大学を卒業したものの、研究内容は実学でもないし、とくに働きたいわけでもないしとニート化した数人。彼らは語り手の実家の裏を掘り進め、街中の地下に巣をはりめぐらせる。明確な目的もあてもなく、ただひたすら掘って。

  • The Shooting Man

 語り手の男は、同棲中の彼女に今度巡業にくる「自分の頭を銃でぶち抜く芸人」を観ようと誘いをかけるが、いやがられる。結局見に行くことになったものの――。オチも含め、異色作家短篇とか奇妙な味といわれる、昔のミステリ雑誌に載っていた話のような味わいである。ただし軽く小粒だ。恐るべき芸というつながりでスティーヴン・ミルハウザー「ナイフ投げ師」、妙なこだわりで彼女と別れる話つながりとして舞城王太郎「美しい馬の地」を思い出した。が、その2つのほうが空恐ろしい風格があっておすすめできる。

  • The Choir Director Affair (The Baby's Teeth)

 生物学を私立学校で教える男が、そこで女声コーラス指導を受け持つ女性と不倫した。その結果生まれた赤子には、生まれたときから大人のような白く丈夫な歯がそろっていた。罪と興味の話?

  • Go, Fight, Win

 青春小説その2。美人だが変わり者の少女ペニーは、母親の勧めに従ってチアリーディングチームに入った。しかし特にチームメイトとつるんだり言葉を交わそうという気持ちもなく、参加しているといっても基本的に無言で踊りに加わり、ランダムにGoかFightかWinと叫ぶくらいである。趣味は車の模型づくりだが車種や出来にこだわるわけでもなく、なにか手を動かすことで無駄な考え事をしないようにしているのではないかと思われる。
 そんな彼女が、近所に住むだいぶ年下の少年に好かれ――彼もまた、空を飛ぼうとしたり奇行が多い――彼に対する愛か執着に似たものを初めて感じるようになる。並行して、学校で運動部の男からアプローチを受けたり、衝動的に他校の生徒に暴言や暴行をふるうことになったり、チームメイトのひとりが友達になろうと近づいてきたりと高校でも少しずつ他者との関わりや変化を経験するようになるのだった。

  • The Museum of Whatnot

 学芸員の女の子と老紳士という洒落た組み合わせの恋愛小説である。個人が収集したどうでもいいガラクタのコレクション、たとえばスプーン、乳歯、アプリコットの缶詰のラベルなどを所蔵する博物館につとめる主人公は、31歳。母親からは結婚や恋愛についてせっつかれている。かつて大学内にある二流な歴史博物館でアルバイトをし、小説家志望の彼氏と同棲する暮らしを捨て、身の回りのわずかなものだけをもって今の勤め先の近くへ越してきた。しかし、今の環境も退屈には違いなく、収集物にハタキをかける以外にろくに仕事もなかった。お土産コーナーのTシャツだって売れたためしがない。
 毎週博物館に来て、あるコーナーへ立ちどまる老紳士のことが気になりだした彼女は、こっそり彼を観察し始める。

  • Worst-Case Scenario

 最悪の事態を想定し、解説するコンサルティング業に就いている男は、新しく子どもを授かった母親にありとあらゆる最悪の事態を説明し、彼女を不安に陥れる。しかしそれが仕事なのだからしかたがない。
 職務に引き裂かれる人間の苦悩や、彼自身の生活のままならなさにまつわる話。

 読んでからだいぶ時間があいたが、ちょっと冒頭を読むだけでそっくり内容が思い出せた。著者はそれだけのインパクトと明快さを安定して維持しているわけだ。

Tunneling to the Center of the Earth: Stories (P.S.)

Tunneling to the Center of the Earth: Stories (P.S.)

*1:心理サスペンス、ホラー、ダークでファンタスティックな小説が対象。

*2:12-18歳のヤングアダルト世代に読ませたい、大人向けに書かれた本。

“There is No Year” by Blake Butler(その2・Twitterまとめ)

 下記は2012年4月15日・16日につぶやいたもののまとめ。

 アメリカ文学の暗黒の新星Blake Butlerの長編There Is No Yearをけさ読み終わる。三人家族が新しい館にひっこしてきたら奇妙なことが頻発するという話で、ホラーっぽいが筋も解決の手がかりもなにもない。暗黒の不条理小説。
posted at 23:32:31

 登場人物の感情はほとんど見せず、起こったことがただ記述される。悪夢的シチュエーションの数々の列記は、淡々としていてどこか聖書を思いださせる。 タイポグラフィに近いフォント遊びや、電子書籍の機能をつかい、作中人物の未来視を読者に擬似体験させる実験小説風のしかけも有。
posted at 23:47:12

【There Is No Year・1】ある作家を別の作家に例えるのは傲慢だし、えてして的外れに終わる。が、Blake Butlerについては「福永信が訳した牧野修吉村萬壱」という比喩が頭を離れない。
posted at 09:06:37

【There Is No Year・2】この小説は三人称による父・母・子(名前も出てこない)の行動と反応で主に成り立っている。時々だれも気づかないところで起こった出来事も語られる。人々の心中はほとんど記述されず、世界は虫や病や腐敗に満ちている。
posted at 09:10:08

【There Is No Year・3終】筋らしきものはない。子が友達の家につけないとか、通勤がどんどん長く困難になる父とかは分かりやすく悪夢的なエピソード。終盤、黙示録的な異常が連続するシーンに「MS WORDが上書き保存できず、常に名前を新しくつけるしかない」という文がw
posted at 09:20:47

4/17
【追伸】 Blake Butlerは最新作Anatomy Coursesではさらに極まって、もう「主人公の性別は最後まで不明」「性的な行為っぽい描写が度々あるが、くんずほぐれつしていること以外、何がどうなっているか定かではない」レベルに達しているらしい。
posted at 23:04:25

There Is No Year: A Novel

There Is No Year: A Novel

 当ブログ以外の、日本語によるブレイク・バトラー感想群。

実験的・館もの怪奇譚 - There is No Year (2011) by Blake Butler

 There is No Year (2011) by Blake Butler (Harper Perennial, 2011)

 ちょうど二年前(ギャー)にもBlake Butlerの短編集について書いたが(→http://d.hatena.ne.jp/granit/20100419)今回は約一年前(ギャー)に刊行された長編について。長編といっても、ごく短い章の断片で形成されている。
 アウトラインはひとことで説明が可能だ。父・母・息子の三人が、中古住宅に引っ越してくる。しかし一家には様々な怪奇現象が降りかかる。
 例えば、一般的なホラー小説であれば怪奇現象の原因が明かされていく。非業の死を遂げた者の怨念であるとか、処刑された異常者であるとか、もしくは絶対的な悪らしき存在であるとか、でかく凶悪に育った獣・虫・植物とか。たいていは発端があり、結末がある。
 ところが本書ではついに原因がわからない。家族のドッペルゲンガーが増える、虫が沸く、やたらとものが駄目になる。

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女には向かない職業? - Unclean Jobs for Women and Girls (2010) by Alissa Nutting

 Unclean Jobs for Women and Girls by Alissa Nutting (Starcherone Books, 2010)
 実験小説・奇想小説系のレーベルStarcherone Booksから発売された、新人アリッサ・ナッティングの第一短篇集。
 なにかと過剰で、ときに悪趣味な笑いが魅力のバカ(エロ)(奇想)短篇ぞろい。すべて女性の一人称で語られる。各話のタイトルがそれぞれ職業になっている。もっとも職業といえるか怪しいものばかりだが――。
 オチまで割っているのでご注意を。おすすめの作品には★をつけてみた。

  • Dinner

 一発目からこれですよ。職業:晩餐。なぜかハーブとニンニクを口につめこまれて、蒸し煮にされている数人の男(エルビスのそっくりさん、狂った老人、悪漢など)と語り手の女。どうやらこれから食われるらしい。
 最期の直前に人生を回顧し、いまを精一杯生きるという「いい話っぽい」ところと、妙なシチュエーションのギャップが大きくておかしい。

  • Model's Assistant

 北欧系らしき美しいモデルと知り合い、彼女に呼び出されては頻繁にパーティーに同伴するようになった主人公。
 酒好きで、気まぐれで、勝手気ままに暮らすモデルに心奪われた語り手は、アシスタント(マネージャー)を自称して彼女の世話を焼いたり、周りにたかる人間をあしらったりするようになる。
 レズビアニズムとは言えないような、そもそも恋愛ではなさそうな――語り手の想いは、しいていうなら子供時代にありがちな親友への執着と独占欲に近いのだろうか。モデルへの思いに振り回される、ままならなさが共感を誘う。

  • Porn Star

 ケーブルテレビのアダルトチャンネルで放映されるリアリティショーの撮影のため、お相手候補たちとシャトルで月に打ち上げられ、そこで行為の撮影に及ぶポルノ女優の話。しかしどんな演技をしようとも、この語り手は常にどこか冷静さを保ち、自身を客観視しているようなところがある。したがって、本書の中ではむしろエロさ最下層。

  • Zookeeper

 わずか2ページの掌編。飼育員がパンダを盗んで家に持ち帰る。次の日彼女がパンダを隠した自宅に帰ってくると、ちょうど警察が突入するところだった。

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 警察がルウルウを運び出すのが見えた。彼女は、ジャイアントパンダのひとみで私を見た。
 「かあさん」と言った。
 パンダがしゃべれるなんて知らなかった。
 (中略)
 毎月、私は動物園へ筆記体でつづった手紙を送り、どうか一房ルウルウの毛束をもらえないものかと頼んでみる。まあ送ってくれることはないだろう。
 なぜあんなことをしたのかと訊かれたときはこう答えている。「あの子、やわらかかったわ」(P.42)

                                    • -

 なぜ仔パンダがしゃべったのかという回答は用意されていないが、語り手の孤独をほのかにうかがえるところがいい。

  • Bandleader's Girlfriend

 たぶん最長。主人公は人気ロックバンドのフロントマン、CTと付き合っている。バンドは自然派ヒッピーとゴシックロックが混ざったようなノリで、CTと主人公は数々の「お騒がせ」をマスコミに取り上げられていた。
 なおCTは「太陽光に心酔を捧げているからつけた名前で、Copper Tone(日に焼けた赤銅色)の略」だそうだ。
 物語は、たびたび小言の電話をかけてくる、一回り以上年が離れた姉との関係を中心としている。姉はまじめで保守的。母親がわりをつとめあげて主人公を育てくれた人だ。
 主人公たちカップルはThe Worm EternalやLovewormといった存在を信奉していて、なにかにつけ「転生」とか「合一」とか言い出すタイプ。姉にクローディア(出生時の本名)と呼びかけられた語り手は「クローディアは死んだ。もう終わったことなの。我が名はソーセレラ・ヴァン・クリスタル。これがオフィシャルで不変な名前よ」とか言い出す。
 で、知人のアーティストとコウモリの住む洞窟で乱痴気騒ぎを繰り広げたりしつつ、バンドでツアーをしつつ、主人公は姉から乳癌だったという告白と絶縁の申し出を受けるのだった。
 CTの奇矯なふるまいはすべて天然だけど、ソーセレラのほうはときたま我に返りそうなそぶりも見せる。しかし、彼女が生きていくにはCTと信仰が必要なのだ。オチがこれまたしょうもないバカエロで失笑ものだが、要するに生きていくには幻想や楽しみにすがることが欠かせない人たちもいるのだという話である。

  • Ant Colony

 ハイレベルな変態が出てくる話。そのころ地球空間がとてもせまくなって、人間は他の生き物を身体に寄生させてやらなくてはいけなくなっていた――。出だしの一文の設定がすべて。比較的無害なフジツボなんかを選ぶ人が多いが、女性が豊胸手術がわりに胸に収めた水槽の中で小魚なんかを飼うのも流行っている。ここから先はグロテスク注意。
 美しい主人公はアリを選び、身体中をアリの巣にする。やがて体内のアリ勢力はいちじるしく繁栄し、中から食われていく彼女は、意識もアリの巣全体と融合していく。ところが実は手術を担当した医師は一方的に主人公に惚れていて、自分の身体にもアリの巣を備える手術をほどこしていた。まだ彼の巣の中はからっぽ。アリと合体した彼女の身体から、彼女を食べたアリを自分の巣に導く。そして彼女のひとつになる。これが医師の計画だったのだ。
 なんというアイディアだろうか。江戸川乱歩海野十三が書くような、昔のほの暗い探偵小説を少し思わせる。

  • Knife Thrower

 祖母によって母は殺された。そして母によって父は殺された。家から逃げ出すところ、ナイフを投げつけられて絶命したのは。そして主人公の少女は、家を脅かすさまよえる母の霊を殺す。
 男が不在=アマゾネスを思わせるナイフ投げ師の女系家族の、家族殺しの連鎖を幻想的に書く。

  • Deliverywoman

 喪女スペースオペラである。宇宙を駆け回る運送屋の女は、極悪犯罪人でとてつもない懲役刑をくらって冷凍されている母を持っていた。罪人の娘であることもあって孤独に暮らす彼女の唯一の楽しみは、出会い系サイトで知り合った「ブレイディ」という男とチャットすること。いつかは彼と結ばれるのだと信じていた。
 運送屋はついにコツコツと貯めてきた金をつかって、母親の《棺》かつ独房を買いとる。どんな人だろうとお母さんじゃないかとブレイディにそそのかされ、彼女は母親を解凍する。復活した母親は娘の食料をねこそぎにしたり、プロレス技をかけたりとやりたい放題。しかもブレイディは実は母親の仲間であり愛人で、はなから復活のために主人公へ接近したのだった。哄笑し、あざ笑いながら母親は語り手を冷凍カプセルに閉じこめて出ていく。
 母娘の確執ものは定番であり、Knife ThrowerもBandleader's Girlfriendもその手の話だが、本作の「こんなのってないよ!」度はピカイチだ。なにもいいことがないまま、中年になってしまったロマンティックな主人公が恋に恋している様の痛々しさときたら。*1

  • Corpse Smoker

 焼き場ではたらくボーイフレンドを持つ少女が、死者の遺髪を焼く煙を吸うと、その生前の記憶が垣間見えるという逸話を聞く話。

  • Cat Owner

 男より愛猫を優先する女の話。2ページ半程度。

  • Teenager

 女子高生の妊娠と中絶。とくにファンタスティックではない。

  • Ice Melter

 (糖尿病なので)保険がいいからという理由でゲイのパーティのために氷の彫像を作っては、閉会後にそれを溶かす仕事についた女の話。仕事のやりがいのなさと、容姿に恵まれないこと=愛されないことへの不満。

  • Hellion

 死後、地獄へ行った女の地獄見聞録。鬼(悪魔)と付き合ったりなど。地獄の造形はなかなか楽しい。

  • Alcoholic

 泥酔して起きたら浮気されていた女の話。2ページ程度。

  • Gardener

 欲求不満な奥さんが、庭の小人の置物たちが夜な夜な繰り広げる痴態(幻覚?)をのぞきみて大興奮。ナッティングが書くこの種のアホな悲劇は、私に森奈津子を思い出させてやまない。

  • Dancing Rat

 華やかな役の最たるものが、ネズミの着ぐるみに入って踊る仕事程度のダンサーが主人公。いいことも目的もないけれど、絶望するほど最悪でもない人生。

  • She-man

 男として生まれてきた女性の話で、ファンタスティック要素はなし。
 性転換後、バーで会ったプロボウラーと元の性別を言わずにむつまじく暮らした彼女。しかし元恋人に金をゆすられても渡さなかったため、秘密をばらされる。けんもほろろに同棲していた家を追われ、保守派ギャングにリンチされて死ぬ。
 現実にありそうな悲劇の物語で、“Teenager”と共に本書の中では異色の存在だ。どちらの話でも、愚直で、恋人が好きでたまらない女が、愛情と愚かさゆえに転がり落ちていく。(でも“She-man”の主人公はラメをデコる内職に励んだり、小型犬を溺愛したりと女子力満点な行動をとり、そのアホっぽい行動と深刻な内容のギャップが読者に笑いの気配を感じさせるのだ。笑うような話ではないし、笑っちゃ悪いのに――という話はなにも本篇だけではなく、この著者の持ち味のひとつ)

  • Magician

 これもリアリズム小説。片手を事故で失ってからめっきり元気をなくした兄。妹は彼の癒しとして、鳥と鳥かごをもってくる。なにもかも手品であればいいのに。タオルで覆った鳥かごからパッとタオルをはずせば、かごの中に兄の腕があればいいのに――並んで座りながら妹は、とりかえしのつかない彼の喪失を思う。

Unclean Jobs for Women and Girls

Unclean Jobs for Women and Girls

 質にばらつきはあるものの、これからも動向に注目しておきたい作家。リディア・ミレットやベン・マーカスが裏表紙の票を担当している。

 2012/5/7追記:“Ant Colony”と“Corpse Smoker”が『群像』2012 6月号に岸本佐知子さんのご翻訳で掲載されています。

群像 2012年 06月号 [雑誌]

群像 2012年 06月号 [雑誌]

*1:山姥のような「復活した母親」の暴走ぶりもやばい。

異貌の神々に取り巻かれた家族小説集 - Objects of Worship (2009) by Claud Lalumiere

 Objects of Worship by Claude Lalumiere (ChiZine Publications 2009)

 創立以来、ラディカルでエッジがきいた作品を次々輩出しているカナダのChiZine Publicationsから出版された一冊で、Lalumiereの処女短編集にあたる。以降はだいぶネタバレありなのでご注意ください。おすすめの作品には★をつけてみた。
 ※Lalumiereの一番目のeには本来、発音記号がついています。

  • The Object of Worship

 表題作。各家庭・店舗ごとに神が祀られているらしき世界。人々は神の住まいを綺麗に整え、ピーナツバターを塗ったトーストやら、パンケーキやらといった供物で彼らの機嫌をとって暮らしていた。同棲中のカップル、ローズとサラは、サラが母、祖母と代々受け継いできた神を世話している。都会でも神は各戸に宿り、時々夜中に集まって会議をしているようだ。
 ローズはある夜、神の夜這いを受けて子を身ごもる。はじめは幸福で満たされた彼女だが、同じアパートに引っ越してきた無神論者の女性と、彼女に感化されていくサラに次第に怒りをつのらせるようになる。
 もちろん多神教や妖精・妖怪民話を思わせる、気まぐれな神の暴虐を描いた小説として読むこともできる。しかし1.作中に男が出てこない 2.神から子を授かることに疑問が差しはさまれないことから、男が滅ぼされ、神と呼ばれる何かを世話して、その見返りに繁殖させてもらえる恐るべき世界としても読める。

  • The Ethical Treatment of Meat

 レイモンドとジョージはあまり信教に関心がなかったが、幼児を引き取ってから近所の教会へ通うことにした。しかし参列できるのはニンゲンだけ、どんな種類の動物だろうと子供づれはお断りだと言われる。そこで二人は遠いが、もっと理解のある教会に行くことにした。
 読み進むにつれ、違和感の正体が判明する。これは謎の彗星の力で、地球がゾンビに支配され、知能と意志をもつゾンビがわずかに残った人間を家畜化して食料にした後の話なのだ! ゾンビたちは自分たちのことをニンゲン(People)と呼び、旧人類のことはナマニク(Flesh)と呼んで見下している。
 レイモンドが鬱気味なのをみて、ジョージは鬱にきくと噂の子育てを試すことを決意。4歳児を養子にする。はじめは子供にレイモンドをとられた気になっていい思いがしなかったジョージも、泣き叫ぶ幼児を囲んだ一家団らんに心温まり(注:悲鳴から快感を得るのはたぶん本能です)、急進的愛護論者として人間工場へのテロを試みるまでになる。
 大変に悪趣味で、結末までひどすぎるブラック・ユーモア・ホラー。

  • Hochelaga and Sons

 小さいころ、双子の男児は父親から胸のすくような危機と冒険の話をきかされた。彼らの父は実は、カナダのご当地ヒーロー・ホチェラガ(イロコイ族由来の名)だったのだ。ホチェラガは二次大戦中にナチスドイツの捕虜となり、ありとあらゆる人体実験を受けて超人化し、以来ときどき偽の身分を手に入れて不老の生を続けていた。しかし思春期に突入するころ、双子の片割れは超能力発動の片鱗を見せてから家族を避けるようになる。彼は、人体実験の犠牲の上に生み出された能力を疎み、敬虔なユダヤ教徒として隠遁することを決めたのだった。能力が発現しなかったもう一人は結果として父を独占できるようにはなったものの、複雑な心境で暮らす。そこに敵の怪人が現れて双子の母は殺され、父は敗れ、街は破壊されていく――。
 父と子、兄弟の相克、才能を持つものと持たざるものの葛藤などをテーマにした、なかなかいい話。

  • The Sea, at Bari

 イタリアのバリを舞台に、少年時代に海で怪物に感情を食べられて以来、他人を愛せず、本能のままに関係を結ぶことしかできなくなった男の話。陽光に満ちた海辺の町の情景が美しい。不穏さが立ちこめる、ホラーらしい結末。
 本篇以降、怪物を食べて怪物になる話が多い。このこだわりは一種のフェティシズムか。

 足の悪い少年が青年から老人になるまで、世界の果てをめざして歩き続け、そこで神の軍勢に加わろうとするおとぎ話。人工の伝承。ロード・ダンセイニタニス・リーに対するトリビュートだそうだ。

  • Spiderkid

 アメコミびたりの子供が、とりわけ蜘蛛の能力者に焦がれて大学生になってもグッズの収集を続け、最愛の従姉妹に再会するまで。ほとんど一般小説、ややホラー風味。

  • Njabo

 象の神を夢見る絵描き。あまり印象に残らず。

  • A Place Where Nothing Ever Happens

 直球でコメディ。男のところに死んだ父親から電話がかかってくる。父親は現在「なにも起こらないところ」である地獄にいるといい、実はこの世に天国はなく、恐竜から家畜までが死んだら地獄行きだと明かす。それを男がガールフレンドに乳繰り合いながら語りきかせる。
 電話が頻繁でうるさいからといって、死んだ叔父さんと死んだ父親の縁をとりもち、くっつけてしまう展開には笑った。アニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌に「おばけにゃ学校もしけんも なんにもない」という一節があったと記憶しているが、まさにこの作者の描く死者(やゾンビ)の生はセクシュアリティの規範がなんにもないのである。

  • A Visit to the Optometrist

 なんと“The Ethical Treatment of Meat”にまさかの続篇が。レイモンドとジョージのお隣の夫妻を通して、このゾンビ世界観をさらに解き明かす一篇。結婚記念日を目前にして、夫に新しい目を贈る妻。ところがその目は邪神の僧侶が遺したもので、霊魂?はゾンビ夫の体をのっとって邪神召喚の儀式を執り行おうと目論む。が、邪神は食欲旺盛なゾンビたちにおいしくいただかれてしまうのだった。邪神側が一矢報いてゾンビ社会に悪夢という概念をもたらした可能性を示唆し、物語はしめくくられる。なお、本作の邪神は“The Darkness at the Heart of the World”と共通する。『エイリアンVSプレデター』とか『フレディVSジェイソン』を思いださせるドリームマッチ?

  • Roman Predator’s Chimeric Odyssey

 カナダの山間部には、BioWarの生き残りであるキメラを標的に、時折人狼に変身しては狩りに出る集団がいた。ところがある日、いつものキメラではなく触手を生やしたエイリアンに遭遇して。
 どこのFPSゲームだろうかという設定から、地球すべてを巻きこんだ暗黒神話へ変容していく。 

  • Destroyer of Worlds

 主人公は海の汚染を見越して、とっとと漁業権を企業に売り渡して早期退職した元漁師。妻は仕事を辞めずに銀行で働き続けており、彼は彼女との間に距離を感じている。そもそも彼はこの小さな町で企業にしっぽを振った裏切り者として白眼視を受け続けるのも、そもそも実家の生業である漁師になるのもいやだったのだ。ある朝、彼は海辺で入水する若い娘を目撃し、嵐の後にその復活を見届ける。そのシチュエーションは彼が耽溺してやまぬアメコミシリーズの、まぼろしの巻と同じだった。男は追われているという娘を海岸の洞窟で匿い、あれこれと世話をやく。
 意図的なものだろうだが全体的に古めかしい。昔のパルプ雑誌に載っていそうな奇譚。みもふたもない言い方をすれば、中年オタクが凡庸な現実に飽いて美少女と異次元に行きたくなっちゃう話。世界が滅びるとしても次に新生する世界のほうがいいかもしれないし、と内心で破滅を喜ぶあたりの感覚も非常に思春期のオタクっぽい。

  • This Is the Ice Age

 ある日カナダでは電気にまつわる何もかもが氷の像と化した。滅びかけた世界で少女は、思いを寄せる少年と街をさすらう。
 終末大災害ネタ。完全に『結晶世界』だと思ったら、実際バラードへのオマージュ作品だった。タイトルは80年代にMartha & the Muffinsの作った同名の曲から。つまり過ぎ去りしニューウェーブに捧げられた一作という塩梅で。謎の氷はアイス・ナインっぽくもあるが『猫のゆりかご』への言及はない。

  • 総じて

 ストレスなく読み進められる文章で、読後に余韻が残るものも多い。「性への自由」「現状への不満と不安」「いま従っている信仰や常識は本当に正しいのかという疑問」あたりが度々提示されるテーマとなっている。ホラー読者、とくに一昔前のモンスターやヒーローに愛着がある人には勧められるが、それ以外のジャンルのファンに勧めるほどではない。私ならば、雑誌やアンソロジーに入っていたら欠かさずに読みはするレベル。
 ジェイムズ・モロウの解説“Gods of Desire:The Erotic Theology of Claude Lalumiere”は力強く明晰でいい。

Objects of Worship

Objects of Worship

暗い短篇実験室 - How They Were Found (2010) by Matt Bell

How They Were Found by Matt Bell (2010, Keyhole Press)

 「エドガー・アラン・ポオ的なるもの」はときに文学という名目で、ときにエンターテイメント(ホラーだとかスリラーだとか)と呼ばれ、ともかくも何らかの形で永らえている。ふだんはじっと水面下に身をひそめ、たまに首をもたげて顕現する。現在はさしずめ「頭部が見える」時期なのかもしれない。本書巻末の献辞に名のあるブライアン・エヴンソンやBlake Butlerは、今まさにジャンルの境界に身を置いて暗く恐ろしい小説を次々生んでいる。また、かつてベルの作品を掲載したConjunctions誌の編集長で、作家でもあるブラッドフォード・モローはかつてThe New Gothicというアンソロジー*1を編んだ人だ。それから本書にも収録されている“Dredge”がBest American Mystery Stories 2010に収められた縁で、献辞にはオットー・ペンズラーの名もある。ジャンルの垣根を越え、黒々とした小説を世に送り出してきた男たちにかくも注目されるとはマット・ベル、ぜひとも読まねばなるまいだろう。というわけで、読んだ。ややおすすめのものは★で示した。
 ※つまり今年も出るとすればだが、DHCの《ベスト・アメリカン・短編ミステリ》シリーズがベルの本邦初訳の場になるはずだ。

  • The Cartographer’s Girl

 夢遊病の彼女がある夜、ついに帰ってこなかった。主人公は自作の記号を使って地図を作る。それを携えて彼女を探す旅に出る。

  • The Receiving Tower

 極寒の地で受信塔を守るうち、何もかもを忘れていく兵士達。それでも任務放棄を認めず、厳しい粛正を続けていく上官。そして最後に残った女兵士は上官と相対し、自らが失っていた思い出を少しだけ知る。ノーマン・ロックの『雪男たちの国』を連想させられる一篇(そしてノーマン・ロックは本書に収録された“The Collectors”へ評を載せているのだ。類は友を呼ぶ)

  • His Last Great Gift

 19世紀末、天啓を受けて新型エンジンを作ろうとした男(実在)とその周りの人たち。

  • Her Ennead

 比喩でもって女性の妊娠出産を書いたもの。

  • Hold On To Your Vacuum

 待ちかねていた変な話。誰もが自分専用の掃除機を持っている状況設定で。主人公の少年のはネズミのしっぽみたいなコードがついた赤くてかさばる掃除機だった。掃除機は他人と交換できないし、手放せない。教師いわくゲームが始まったらしいが、主人公にはさっぱりルールがのみこめない。ひとまず間違ったら先生の持つ黒光りした凶悪なドリルで頭に穴を開けられることは身をもって知ったが……。
 ドリルで脳を貫通されても、何事もなかったかのように話が続く不条理な話。優雅なコードレスから大型業務用まで、生徒が持つ掃除機は千差万別だ。どうやら掃除機は個性であるとか、生得的な形質を表わしているらしい。終始淡々としていて盛り上がりに欠けるのがもったいない。舞城ならもっと派手に書いてくれそう。

  • Dredge

 うっかり少女の死体を見つけて持ち帰り、冷凍庫に保存した男は独自に犯人探しを始める。一応ミステリだが、彼の死体への愛着のほうがメインか。

  • Ten Scenes From A Movie Called Mercy

 タイトル通り。架空の映画の製作について。「デス博士の島その他の物語」のような話。

  • Wolf Parts

 狼と赤頭巾の話のバリエーションを延々と書きつづけた一篇。性的なメタファーである説を踏襲したり、はたまた逆手にとったり。おばあさんが狼を体内から貪り食って出てくるパターンやら、赤頭巾は戻らず、付近に赤い毛皮の子オオカミが大量発生して住民が往来に難儀するようになったりやら。物量の勝利。

  • Mantodea

 掌編。バーで女性と出会う男。他者に一呑みにされて合一化したい願望。

  • The Leftover

 アリスンとジェフというカップルが破局した。その後、アリスンのところに決して口をきかない、少し若くてところどころ今のジェフとは違うジェフがやってきて住み着いた。通称リトル・ジェフとの暮らしは、手がかかるがなかなか素敵。ところがリトル・ジェフは次第に縮み始め、やがて幼児にまで退行してしまう。アリスンが本当のジェフの様子をうかがいにいくと、彼もまた小さなアリスンと父娘のような満ち足りた生活を送っていた。
 これも変な話。無言で無力な相手のほうが好ましいなら、対等に相手と接する意味はどこに?というあたりを示唆しているのだろうか。(このころには私は、この作家が書く変な話はどうも寓話っぽくなり、しかもやすやすと寓意性が読み取れるくらい明瞭に書かれすぎているのではという疑いを抱いていた)

  • A Certain Number Of Bedrooms, A Certain Number Of Baths

 新しい家を夢想する幼い息子と一家に降りかかった悲劇。手堅く書けてはいるが、とくになんということもない。

 老いた兄弟ホーマーとラングレイが暮らす家は、長年片付けられず何十年分もの新聞やがらくたが累積し、各部屋には辛うじて人ひとりがくぐり抜けられるだけの隙間がもうけらていた。とんでもないゴミ屋敷の細々とした描写、兄弟の窮地から死に至るまでの顛末などを多角的に記していった作品。なかなか楽しい。
 ただし本書の冒頭にダニエレブスキー『紙葉の家』からの引用があるのでインスピレーション元は明らか、オリジナリティは減点せざるをえない。また、Blake Butlerのほうがこの種の汚くおぞましいものの描写は徹底していて圧倒的だ。それでも捨てがたい奇妙な吸引力のある作品だった。

  • An Index Of How Our Family Was Killed

 うっすらとクライム・フィクション。AからZまで、それぞれを頭文字にした単語から始まる文章が一行から数十行ほど箇条書きされている。辞書っぽいものから主人公の内心がつづられているものまで様々だ。読み進むにつれ、姉と主人公を遺して父母と兄がいかにして殺されたか(痴情のもつれから無差別事件まで)が把握できるようになる。
 生のはかなさ、予期・予防できない悲劇を書いている。

  • 総じて

 レアード・ハントは「獰猛、果敢、愉快。今すぐ必要な本、今すぐ必要な作家だ」と書いているが、私はもう少し熟すまで収穫を待ってもいい作家ではないかと思った。期待よりはどことなく手ごたえが軽く、やや拍子抜けの思いがしたのだ。常に作品を包む寂寥感が個性なのはわかった。きれいにまとめようとされず、もっとのびのび書かれたものを読みたい。好きなだけ細部を書きこんでほしい。この作家にしか書けないものを見たい。要するにこの短篇集で見る範囲では、まだいまいち突き抜けきれていないのだ。
 本書はTwitterでつぶやくことを条件に無料配布されていたもの。著者マット・ベルは1980年生まれ、ミシガン在住。現在は小出版社Dzanc Booksに編集者として勤務している。この本の版元であるKeyhole PressはDzanc Booksのインプリントである。

How They Were Found

How They Were Found

*1:邦訳は『幻想展覧会―ニュー・ゴシック短篇集』として二巻に分冊された。1992年福武書店刊、現在入手困難。

Yarn (2011) by Jon Armstrong(2)解説

  • ディック賞について

 今年のフィリップ・K・ディック賞の候補作のひとつである。残念ながら落選。
 トマス・ディッシュらが設立に尽力したディック賞は、ペーパーバックで刊行されたフィクション――日本でいえば「文庫書き下ろし」に相当するポジション?――から選ばれる。受賞するのはそのときの審査団の好みに拠るので、常に傾向があるというわけではない。(80年代はストレンジフィクションとスチームパンク*1、近年がミリタリーアクション優勢という流れは、その時代の流行そのものを反映しているだけなので傾向とは言いがたいだろう。今回のHodder受賞によって再びスチームパンクが続くのだろうか?) しいて言うならば、ハードSFは少ない。なお、過去にはロバート・チャールズ・ウィルスンジョナサン・レセムジーン・ウルフらも審査に参加していた。
 ペーパーバックというしばりゆえか、ヒューゴー/ネビュラ/ローカスとはまた少し違った顔ぶれが並ぶ。たとえば、1982年度はルーディ・ラッカーの『ソフトウェア』が首位を勝ち取っているが、対抗馬はJ・M・クッツェー『夷狄を待ちながら』やらR・A・ラファティ“Aurelia”、それにジョン・スラデックの『ロデリック』*2だった。翌83年はティム・パワーズ『アヌビスの門』が、バリントン・J・ベイリー『禅銃(ゼン・ガン)』やR・A・マカヴォイ『黒龍とお茶を』、ジョン・ヴァーリイ『ミレニアム』などを下して受賞した。その次の年に受賞したのはウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー*3
 近年翻訳されたディック賞受賞作品には『オルタード・カーボン』『ウォー・サーフ』『シリンダー世界111』などがある。

  • ジョン・アームストロングについて

 さて、本書の著者ジョン・アームストロング(Jon Armstrong)は2007年に処女長篇Grey(私は未読)でもディック賞の候補になった。YarnはGreyと世界観を共有している。両親共に美術を学んでいた環境で育まれ、大学1年のときに1年間、神戸の甲南大学に留学――ホームステイする。卒業後はニューヨークに移り、しばらく日本の旅行代理店の仕事をしていた。職を変え、少しの間パン・アメリカン航空で働いたのち、彼はグラフィックデザインを学びなおしてデザイナーに転進する。今のところ著書はGreyとYarnの2冊だけだ。
 彼がGrey/Yarn世界観の着想を得たのは、元はといえば90年代初頭の神戸の三宮センター街での体験だった。コートを探し求めてさ迷いこんだ、スギモトさんの洋品店。著者のサイトの、以前は文章のみだったエッセイにいつのまにか写真が掲載されている。
 http://www.jonarmstrong.com/inspiration/
 今後もこの“ファッションパンク”路線でいくのかはわからないが、美しい物語を書き続けてほしいと強く願っている。ちなみにこれを「ファイバーパンク」と呼んだのはルーディ・ラッカー

Yarn

Yarn

*1:ジーター、ブレイロック、パワーズはいずれも同賞の候補になったり受賞したりしている。

*2:河出の《ストレンジフィクション》から近刊予定。

*3:LOCUSの賞データベース参照:http://www.locusmag.com/SFAwards/Db/Pkd2011.html