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暗黒スリップストリーム-Scorch Atlas(2009) by Blake Butler

“Scorch Atlas” (Featherproof Books, 2009) by Blake Butler
 死と飢餓、腐敗と汚穢、そして黙示録的災害に満ちた短篇集。ほぼ全てが家族の物語である。作者が意図して書いたのかは不明だが、同じ単語やプロットが何度も出てくる。死にゆく世界を舞台に、執拗に赤ん坊の生誕を描くギャップが不気味で、印象に残る。
 先述の通り、本書はいわゆるポスト・アポカリプスもの(post apocalyptic fiction)である。アフターホロコーストもの、破滅SF、パニックSFとほぼ同義のサブジャンルだ。「世界の終わり」はそれこそ神話の昔から使われてきたテーマだが、世界大戦前後に発展し、先述のような分類名を与えられるに至った。ウェルズからバラードまでジャンルへの貢献者は挙げればきりがない。ここで語るのはやめておこう。
 さて、ここ数年、コーマック・マッカーシーザ・ロード』のヒットに大不況が拍車をかけたのか、このジャンルに属する小説が引きも切らない。文学・SF・ホラーを横断する間口の広さも人気の一因だろうか。08年にはアポカリプスSF傑作選Wastelandsなんぞも出ている。
 雨後のタケノコ群の中からあえてこの1冊を選んだ理由は、ずばり装丁だ。タイトル通り焼け焦げた地図帳〈Scorch Atlas〉を模している(題名はもちろん「瀕死の巨人」とも「滅びゆく地球」とも読みかえられる)

 汚してないよ! 元からこういう加工なんだよ!

 中身も大変なことになっている。みんなこういうの好きよね?

 というわけでそろそろ全作紹介に移ろう。時にグロく凄惨なので注意。冒頭にはベケットの一節が引いてあった。
 以下(-)は微妙、☆はGoodな作品。

  • The Disappeared

 世界崩壊の予兆。町では人間の消失が度重なる。「ぼく」の母親もその1人。母を愛しすぎていた父は狂乱して近所を探し回り、あちこちで彼女の姿を目撃したと言い張る。目撃場所は蛍光ペンで日付と共に地図に書きこまれた。父は母が隠れていないか確かめるため家の壁まで壊す。彼は家の床に落ちていた母の抜け毛を集めてリボンで結んだものを嗅ぎながら、彼女のパジャマを着せた枕を抱いて寝ている*1。そんな父は問題行動のあまり遂に刑務所に送られる。「ぼく」が地図の目撃地点をつなぎあわせると、母の顔が浮かび上がる。地図の母親は目を開き「こっちで達者でやっている」と語りかけてきた。
 こっちってどこだ。ともかく、物語はヤマもオチもなく終わる。現実とも、熱に浮かされた末の妄想ともつかない独白。

  • Smoke House (-)

 なぜか度重なる火難に見舞われる一家。7回も謎の出火が起こる。7回目に、息子がマットレスから沸いた火に包まれて死ぬ。しかし室内にはタバコもマッチもライターも見つからなかった。
 少年には夢遊病癖があって、どうも彼が発火能力者だったのではないかと思われる。一家の娘もまた普通ではなく、ずっと不運続きで、親しい者がみな不幸に巻きこまれるという特性(?)を持つ。彼女は自分の悪運がついに兄弟の死を招いたのではないかと思いこんでいるが、それが単なる偶然かどうかもわからない。バトラーの作品はいつも超常か幻覚か微妙な線でフラフラさまよう。思春期の子供が無意識に「力」を使うと話は珍しくないわけで、読者の想像をめぐらすことを意図しているとは思うのだが……。うすぼんやりとした不安感と喪失感で覆われたゴシック小説である。が、ぼんやりしすぎていて緊張感に欠ける。

  • Damage Claim questionnaire(-)

 Q&A形式。我が家が災害に見舞われた妻(未亡人)の苦情申し立て調査票形式。

  • Want For Wish For Nowhere

 初の実子を死産した女が、州から赤ん坊と養育マニュアルをもらってきて育ててみる。まず最初の妊娠が恐ろしげ。赤子は母体の栄養分を根こそぎ奪い取る。「赤ちゃんは充足することがなかった。奇妙なものまでねだった。私はカーペットに落ちていたガガンボをつまみ食い、シャワーカーテンを舐めしゃぶり、血を飲み下しもした。」 この赤子、腹から取り出されたときは耳から顎にかけて金髪がフサフサだったという。「州から授けられた赤ん坊」も負けじと尋常でない。たいへんな勢いで成長し、あっという間に成人男性になる。いくら髪を切っても真っ黒な剛毛がすぐに伸びる。言葉を教えようとしても「ボール」と繰り返させれば「カ・キーシュ!」と言い、「マミー」といわせようとすると「パウウウウ・パウィイイイ」になってしまう。おまけに母子を取りまく世界は明らかに滅亡中だが、大変ながらも元気でやってるようなので収録作中でも屈指の平穏な話といえよう。

  • Television Milk

 とにかく気色が悪い。コーマック・マッカーシーばりの荒廃描写。語り手である「母親」は3人の息子に閉じこめられている。

 (前略)階下では子供たちが裸でテレビに叫んでいる。受信状態がひどい中でテレビの言葉を聴いている。近頃テレビは彼らに、床にそのまま糞を垂れるように言っている。服を破り捨て、鏡を壊し、私を二階の寝室に閉じこめるように言っている。夫の頭皮は、何百もの近所の猫と共に天井から吊り下げられていた。長い夜にはキイキイ鳴るのが聞こえるはずだ。子供たちの歓声も聞こえるだろう。彼らは猫肉のキャセロールを作り、猫肉のサラダを作り、猫皮のフランベを作った。そして鍵穴ごしに私に与えて寄こした。

 「恐るべき子供たち」もの。母親がいまだに息子たちに乳を与えさせられているのも、普通だった頃は大変過保護な教育ママだったというのも実にイヤな感じ。タイトルはテレビも母乳も「与えるもの」というところで共通する。与えた結果がこれだよ!

  • The Gown from Mother's Stomach ☆

 関節痛にかかって娘のために服が縫えなくなった母親は、家中のあらゆる繊維質をかじってまわる。娘は彼女の面倒を見るため家から出られない。パンパンに膨らんだ腹をして母が語ったうわごとは、小さなころ森でしゃべる熊に出会ったというもの。死んだ母の腹からはそれは見事なガウンが出てきた。それを着た娘は旅に出て、森で熊に会う。だが、この熊は言葉を返してくれず、娘を抱きしめてバリバリと頭から食べてしまう。食べられた娘は、熊と一体化して熊の目を通して見るようになる。だんだん消化されて全てはぼやけていく。排出されて、この壊れた地球と合一し、海とひとつになる。そして……。
 幻想度ピカ1。わずか3ページという短さで無駄がない。もしも誰かがこの作家を翻訳するならば、これをアンソロジーの片隅にひっそりと寝かせてほしいものだ。

  • Seabed

 生まれつき巨大な頭を持つ孤独な男は、父親が失踪したと訴える少女と行動を共にするようになる。街からは水が消え、渇きに苦しんだ二人は水を求めてさまよった。ところが、やっとたどり着いた海にさえ水はなかった。かつて海底だったところを歩いていくと、海底にあったとは思えないピカピカで美しい家が見つかった。男が押してもドアは開かないが、少女が触ると玄関が開く。中は何もかもが新しく快適で、二人は久々に飢えと渇きを癒し、服を着替え、柔らかなベッドに横たわってテレビでアニメを見る。ベッドサイドに置かれた写真立てには、少女の父の若い頃の写真が入っていた。
 家に入ってからの描写が天国すぎて、これ死んでるんじゃないかとしか思えないが、特にそういうヒントらしきものもない。いわば、ヘンゼルとグレーテルが素敵なお菓子の家で幸せを味わったところで終わってしまうおとぎ話である。意味など考えずにこの快さに身をゆだねればいいだろう。タイトルは「海底」と「海にあった寝台」のダブルミーニング

  • Tour of the Drowned Neighborhood (-)

 タイトル通り。

  • The Ruined Child

 仲むつまじかったはずの若夫婦。しかし荒れ狂う天変地異の前に、愛する我が子の死をむざむざ見ていることしかできなかった。ところが夫は、死んだはずの赤子が屋根裏部屋に陣取っているのを発見する。しかも2つしか単語を覚えられないうちに死んだというのに、なぜか聖書調で予言を授けてくる。

「一つめの災いは去った。/見よ、これから二つの災いが訪れる。/わが尻がその門扉である」

 どれが一つめの災いかも判らないくらい災難を被っているのに、さらに大いなる災いが来る。しかも尻から出る。夫は妻に赤子を見せまいと屋根裏を封鎖するが……。
 キリスト教要素が濃厚な一篇。洪水に虫害、まさに黙示録の災いだ。いかなる災いより家族を喪失することが一番つらいという話である。

  • Bath or Mud or Reclamation... (-)

 語り手が泥の中に横たわり、兄弟の名前を思い出そうと努める。以上。

  • Water Damaged Photos of Our House Before I Left It(-)

 損なわれた16枚の家族写真に映っていたものを思い出し、主人公が語るのは過去のはかない思い出と訪れた悲惨だ。スティーヴン・ミルハウザー「展覧会のカタログ」やジョルジュ・ペレック『美術愛好家の陳列室』など、架空の絵画をまことしやかに文章で現出せしめた先行作品はいくつもある。傑作級と比べるのは酷にしても、この短篇はほとんど視覚的想像力を喚起しない。

  • Exponential (-)

 遠くに巨大な壁(モノリス?)がそそり立ち、呼びかけてくる。みなが壁と一つになるという目新しくないエンド。ただし、最後のページがまるごとタイポグラフィで壁との合一化を表しているのには微笑を誘われた。

  • Bloom Atlas (-)

 変容する海の話。短く散文的。「金属とトゲとネオンで出来た鳥がいる」そうで、新しい生き物たちが暮らす新しい世界に地球が変態中とも考えられる。そう新生の希望にあふれたムードでもないが。

Scorch Atlas: A Belated Primer

Scorch Atlas: A Belated Primer

*1:実に変態的である。