ニュー・ウェーブ暗黒メルヘン・スペースオペラ-Open Your Eyes (2009) by Paul Jessup

“Open Your Eyes” (Apex Publications) by Paul Jessup
 ポール・ジェサップはあまり自身の情報を明かしていない。Facebookのプロフィールによればオハイオ出身、ペンシルヴァニア在住。おそらくは30代後半から40代前半くらい。好きな映画は『レザボア・ドッグス』『メメント』『七人の侍』『攻殻機動隊』など。幻想小説系のウェブジンで短篇を発表してきた彼は、昨年はじめて著書を2冊上梓した。うち1冊が今回紹介する中篇小説(160頁)で、もう1冊は短篇集だ。この8月に新刊も出る予定。以下、ネタバレあり。
 読みやすいが、しばしば詩的な文章と、バスク神話から借りてこられた固有名詞がやっかい。主人公はおらず、中心となる人物が短い各章ごとに入れ替わる。(例として最初の一文。詩心がないので直訳↓)

 彼女の良人は超新星だった。彼がやってきて、まばゆく燃える光で彼女を揺るがし、星々のエッセンスで受胎させたとき、彼女は笑みを浮かべていた。体内で複合光が爆発的に広がっていったのを感じたのだ。ガスは宇宙船の鋼鉄の骨組みを通り抜け、忍び入ってきた。

 エキはあこがれの超新星と交わり、子を授かる。だが愛しい超新星は爆発の最終段階で崩壊のまぎわだった。エキは嘆きつつも遺児を産むことを決意するが、彼女の小さな宇宙船は夫の爆発の余波で炙られ、今にも破滅寸前である。そこへ難破船をあさってまわるGood Ship Lolipop号*1が着艦、めぼしいものがないか探しにきた3人のゴミ漁りが彼女を母船へ連れ帰る。
 ロリポップ号の船長イツァスは液体で満たされた保存容器に収まり、電線で船と直接つながり、全体を監視・操縦していた。イツァスは実年齢は400歳以上だが12歳の少女の姿である。すそが傘のように広がった黒いレースのドレスを着て、緑と黒のストライプ模様のアームカバー・レッグカバーといういでたちだ。彼女は容器内から動くことなく、蝋人形のような等身大の人形たちを操って船内の保全・監視・警備・盗撮などを行なっている。
 船員は3人。グラマラスな赤毛の女性マリ。顔のほぼ半分を失っている。なくした部分を金属の網にすげかえ、虫かご代わりにして内部で機械の蝶を2匹飼う。その恋人で、まともにしゃべることもできないいわゆる「脳まで筋肉」タイプの大男スゴイ。そして、その弟ながら対照的に弱気で小柄、グラビア雑誌で女性たちをながめることだけが趣味のホデイ。さらに「船の心臓部」は意識をもち、独自の企てをもっていた。
 あるときロリポップ号は突然襲撃を受け、敵船の人形たちに侵入される。イツァスも自分の人形を操って戦うが、逃した最後の一体がホデイを背負って逃走してしまう。敵船はかつて異星の言語ウィルス(ウィルス自体が寄生生命であるらしい)にむしばまれ、なんとか逃れた姉弟の意識(パテュエク=下記参照)は自分たちの復活をもくろみ、ホデイの意識にとりつくのだった。そして、敵船内で長らく眠っていたウィルス《サクレ》もまた目覚める。《サクレ》は脳の人間の記憶や自我の部分を滅ぼし、白い液状に変えて鼻や耳から流してしまう、恐るべき言語である。
 襲撃の中、エキは我と我が子を守ろうとあがき、イツァスは何百年も前に死んだ夫を復活させる望みを捨てず、マリはスゴイがエキに目移りしないか心配し……それぞれの愛が行き着く先は、はたして?

 ほかに設定をいくつか挙げると、
 《魂(パテュエク)》…この時代、基本的に人間の記憶はバックアップを保存することが可能。意識・記憶のことを《パテュエク》と呼び、これが失われない限りは身体のクローンを作ることで復活できる。
 《邪眼(ベタドゥール)》…一般的な武器。熱線銃らしいが、形状は長刀か槍のよう。使う前に予熱する?
 すべてバスク神話に由来する名前。ちなみにマリも神話に出てくる美女、エキは太陽という意味だそうだ。ほかにキチン質の外骨格とカニのような大顎をそなえたパワードスーツ《外装(ヌーメン・スーツ)》というのも出てくる。ヌーメンはラテン語で魂もしくは力という意味。


 近年まれに見る異色スペースオペラ出版社のサイトにおける著者インタビューによれば、ジェサップはロバート・エイクマンやケリー・リンクから影響を受けていると同時に、サミュエル・R・ディレイニー*2アルフレッド・ベスターハインライン、M・ジョン・ハリスンへも傾倒し、それらが入り混じったような作品を書いたそうだ。実際、私が読んでいる最中にもっとも類似性を感じたのはハリスンの『ライト』(国書刊行会)である。アメリカの作家の小説にも関わらず、本書はバクスターやレナルズ、ニール・アッシャー*3らによる英国産スペースオペラを思わせる、グロテスクさと過剰さを豊富にたくわえている。
 別のインタビューによればジェサップはチャイナ・ミエヴィルとジェフ・ヴァンダーミアの著作を愛し、自身のニュー・ウィアード*4への親近性を認めている。ただし本人によれば、彼の理想とする作風はニュー・ウィアードそのものより更にスリップ・ストリーム色、マジック・リアリズム色を深めたものだそうだ。
 くわえて彼は「最近のSFはハードSFか、ハードSFに近いものばかりで冒険心に欠け、型にはまりすぎている」「ニュー・スペース・オペラ*5とか言っちゃって、70〜80年代から何も進化してないのに」など、なかなか過激な発言も口にしている。このようにジェサップは、意識的にポスト・ニュー・ウィアード、ポスト・ニュー・スペースオペラを書きたい/読みたいと明言しているのだ。さらに作風としてはポスト・ニュー・ウェーブ。これはもう、どれだけ新しいものを書いてくれるかと期待せざるをえない。

  • 短所

 ところが上記のような意気ごみは残念ながら、著者にキャッチーさを放棄させてしまった。結果として“Open Your Eyes”はあまりに一般的なエンターテイメントからかけ離れて終わる。デウス・エクス・マキナというか、オープンエンドというか、なんとも強引な閉じ方である。ここまで題材を用意しておいて、神話的な存在の詩的な降臨をつかって物語を閉めるのはあんまりというものだろう。なにより救済を匂わせているのがいただけない。せっかくそれまでキャラクターを次々と無残に死なせていったのだから、ここはそれまで以上の一大カタストロフか、この上なく不気味な新生を描いてほしいところだった。同じ路線*6の小説を思い出してみると、ディレイニーはいわずもがな、アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』と古橋秀之ブライトライツ・ホーリーランド』あたりは成功例だったと気づく。それにひきかえ、本書は着地で大失敗。途中の展開もかなり駆け足なので、読むのは楽だがいまいち満足できない。また、著者がもっとも気に入っているというイツァスが、へたにジャパニメーション的(攻殻エヴァ)を連想させ、いかにもゴス好みな造形なのも浮いている。

  • 長所

 遠未来なのに蝋、ハロゲンの光、大量のワイヤーなどのレトロな素材をあえて活躍させているところはいい。廃墟化した宇宙ステーションで、滅びゆく人工知能が壊れかけの人形を出迎えに寄こすシーンなんかは、廃墟・荒廃に魅力を感じる者にはたまらない。絵や動画にすれば映えるだろう。また、そもそも著者はこの物語を「アンチ・ロマンス小説」として構想し、ゆえに人工知能を含むすべてのキャラクターの独善的な愛によって、すべてが崩壊に陥っていくという筋立てなのである。確かに反ロマンス的ロマンス小説としては破綻がない。

  • まとめ

 ヒューゴー賞ネビュラ賞の長篇部門候補作を見ればわかるように、昨年の英米SF界は改変歴史ファンタジイに席巻されていた。今に始まったことではないが、圧され気味のSF界は、やや広義のハードSFを支えるコアなファンと、リアリティを度外視したミリタリーアクションシリーズに二極化している懸念がある。そんな状況下で、あえて「細かいことは気にしないSF」を書こうとしたジェサップの心意気だけは大いに買いたいところだ。が、作品の内容は正直、サンリオSF文庫がご存命でない限り本邦では出せないようなレベルである。しかし同時に、往時ならばどこかのSF雑誌か同人誌が漏らさずレビューしてくれただろうとは思うし、時にこういう本にも目を向けたいものだ(まとまらない独白:今のSFファン主流層は、ニューウェーブスリップストリームといったジャンルに興味がないのではないかという気がしなくもない。ラファティとかケリー・リンクは、SFファンが読むものから奇想海外文学ファンが読むものになっている?→ジャンル内で細分化が進むことへの不安というか……)

 版元ApexやFictionWiseなどで電子版を買えば400円程度なので、果敢に挑みたい人はどうぞ。先述のインタビュー記事(後者)でこまかく著者による解題がおこなわれているので、わからない点はそこで確認すれば大体解決するだろう。もっとも作品のことは作品内で十分に書いておいてくれとは思う。すべてを懇切丁寧に書く必要はないとはいえ、あまりにも諸々が足りない小説だった。なおジェサップの短篇は何本もネットで読める。すべて読んだわけではないが、おおむね鬱々とした幻想小説で、狭義のSFは今のところ本書以外に見つからない。

Open Your Eyes

Open Your Eyes

*1:すごい名前だ。

*2:とくに『ノヴァ』と『エンパイア・スター』からは多大な影響を受け、本書の宇宙言語ウィルスも『バベル17』へのオマージュである。

*3:インタビューに彼らへの言及はない。

*4:これも結局、定義がしっかり確立する前にうやむやになったムーヴメントだったような気もする。

*5:まあ、これもいまいち盛り上がらなかったような……。

*6:テーマ、モチーフも重複している。