Yarn (2011) by Jon Armstrong(2)解説

  • ディック賞について

 今年のフィリップ・K・ディック賞の候補作のひとつである。残念ながら落選。
 トマス・ディッシュらが設立に尽力したディック賞は、ペーパーバックで刊行されたフィクション――日本でいえば「文庫書き下ろし」に相当するポジション?――から選ばれる。受賞するのはそのときの審査団の好みに拠るので、常に傾向があるというわけではない。(80年代はストレンジフィクションとスチームパンク*1、近年がミリタリーアクション優勢という流れは、その時代の流行そのものを反映しているだけなので傾向とは言いがたいだろう。今回のHodder受賞によって再びスチームパンクが続くのだろうか?) しいて言うならば、ハードSFは少ない。なお、過去にはロバート・チャールズ・ウィルスンジョナサン・レセムジーン・ウルフらも審査に参加していた。
 ペーパーバックというしばりゆえか、ヒューゴー/ネビュラ/ローカスとはまた少し違った顔ぶれが並ぶ。たとえば、1982年度はルーディ・ラッカーの『ソフトウェア』が首位を勝ち取っているが、対抗馬はJ・M・クッツェー『夷狄を待ちながら』やらR・A・ラファティ“Aurelia”、それにジョン・スラデックの『ロデリック』*2だった。翌83年はティム・パワーズ『アヌビスの門』が、バリントン・J・ベイリー『禅銃(ゼン・ガン)』やR・A・マカヴォイ『黒龍とお茶を』、ジョン・ヴァーリイ『ミレニアム』などを下して受賞した。その次の年に受賞したのはウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー*3
 近年翻訳されたディック賞受賞作品には『オルタード・カーボン』『ウォー・サーフ』『シリンダー世界111』などがある。

  • ジョン・アームストロングについて

 さて、本書の著者ジョン・アームストロング(Jon Armstrong)は2007年に処女長篇Grey(私は未読)でもディック賞の候補になった。YarnはGreyと世界観を共有している。両親共に美術を学んでいた環境で育まれ、大学1年のときに1年間、神戸の甲南大学に留学――ホームステイする。卒業後はニューヨークに移り、しばらく日本の旅行代理店の仕事をしていた。職を変え、少しの間パン・アメリカン航空で働いたのち、彼はグラフィックデザインを学びなおしてデザイナーに転進する。今のところ著書はGreyとYarnの2冊だけだ。
 彼がGrey/Yarn世界観の着想を得たのは、元はといえば90年代初頭の神戸の三宮センター街での体験だった。コートを探し求めてさ迷いこんだ、スギモトさんの洋品店。著者のサイトの、以前は文章のみだったエッセイにいつのまにか写真が掲載されている。
 http://www.jonarmstrong.com/inspiration/
 今後もこの“ファッションパンク”路線でいくのかはわからないが、美しい物語を書き続けてほしいと強く願っている。ちなみにこれを「ファイバーパンク」と呼んだのはルーディ・ラッカー

Yarn

Yarn

*1:ジーター、ブレイロック、パワーズはいずれも同賞の候補になったり受賞したりしている。

*2:河出の《ストレンジフィクション》から近刊予定。

*3:LOCUSの賞データベース参照:http://www.locusmag.com/SFAwards/Db/Pkd2011.html