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幻想特盛チェコ文学-The Other City (2009) by Michal Ajvaz

“The Other City” (Dalkey Archive Press, 2009) by Michal Ajvaz
 ウィリアム・L・クロフォード賞にノミネートされた、チェコ幻想小説の英訳である。ごく短い22の章から成る長篇だ。

 著者Ajvazは1949年、チェコプラハ生まれ。チェコ語チェコ文学を専攻し、現在はプラハ理論学センターの研究者として働いている。90年ごろから小説を発表し始め、小説のほかにデリダに関するエッセイやボルヘスに関する瞑想録などの著作もあるという。(本書の中にも魚と鏡、迷宮化する図書館などボルヘスを連想させる部分が散見される) 2005年に文学的功績を讃えられ、ヤロスラフ・サイフェルト賞を受賞。

 舞台は厳冬のプラハ。「私」は吹雪から逃れて入った古書店で、深紫の書籍を入手する。その本を綴る見知らぬ文字は、読んだ者を都市の裏にひそむ異界へ招くのだった。

 ※以降ネタバレしているので注意。
 筋はあるようで、無い。意図せずして異界へ足を踏み入れた「私」が、その謎を探るべく自らプラハと異境のはざまを出入りするようになり、ついにはそちら側へ行ってしまうまでの話だ。一応、ヒロインらしき女性がいる。こちらの世界では名をクララといい、レストランの看板娘だ。父親があちらの世界では大僧正であるため*1、アルウェイラという異界での名前を持ち、いずれは儀式を受けて女僧侶になるさだめを持つ。この少女がデレツンとでも言えばよいのか、思わせぶりに「私」を誘い出して危機に陥れたり、いい雰囲気になった直後に潜水スーツにシュノーケル姿で剣を振りかざし、敵としてジャングルの中で「私」を追いかけ回してくる。なお、彼女との関係の結末はまともに描かれずじまいだ。
 この1冊には、想像力の無駄づかいとしか言いようがないほど無数のアイディアが注ぎこまれている。時にチャーミングで、時にばかばかしく、時に恐ろしい幻想に溺れたいなら、ぜひ手にとってみてほしい。どこを切っても著者の妄想があふれだしてくるから。彫像と魚のモチーフがくりかえし立ち現れるのが、あたかも幻想が勝手に増殖しているようで素敵だった。この小説からむりに意味を読みとるのは、軟体動物をまさぐって骨を探すくらい無意味である。面白いのは細部のつくりであって、物語の構造を確固と組み立てることなど著者ははなから興味がないにちがいない。
 現実に存在する地名や建造物名がたびたび出てくるので、自分にプラハの知識がないのが残念だった。実物を見てみたいシーンが何箇所もある。森見登美彦の『太陽の塔』『四畳半神話大系』を読んだ当時、叡山電鉄の実物を目にしたことがなく、悔しい思いをしたことを思い出した。なじみのある日常風景に幻想がまじりこんでくる作品は大好きだ。

 さて、私が特に気に入っているのは以下の3エピソードである。
 6章:夜間講義
  家の中が勝手に戦場にされる話。(→参照
 7章:祝祭
  祭りらしきものを目撃する話。参加者は内部が水槽になった巨大なガラスの彫像をソリに載せ、引き回す。そしておもむろにガラスをハンマーでかち割る。雪上は、中から飛び出した海の生き物たちでいっぱいになる。逃げようとする魚たちを捕らえ、人々はなにかの儀式の列に並ぶ……。  
 ※このとき脱走したサメが、のちに執拗に異界の秘密をあばこうとする「私」にけしかけられる。塔の上でサメと格闘した「私」はなんとか相手のバランスを崩して塔から落とすことに成功し、落下したサメは教会のてっぺんの十字架に刺さって絶命する。この事件は異界の新聞や雑誌にも大きく取り上げられる。「塔でむごたらしくサメを殺した変質者はいまだ捕まっていません」などと。

 15章:ベッドシーツ
 「私」を追ってサーチライトとヘリコプターが迫りくる話。スピーカーは「神聖なるサメを殺した犯人、すみやかに投降し両手を上に上げるように」とがなりたてている。マンションへ逃げこんだ「私」は暗い中でベッドに乗り上げ、いくら這いずっても寝台の終わりがないことに気づく。ベッドカバーとフトンとマットレスからなる渓谷に迷いこんでしまったのだ。追っ手をまこうと布団世界の奥底へもぐっていく「私」。周囲からは眠っている人間のうなされる声や寝息が聞こえ、ときどきパジャマ姿でたむろする人々を見かける。寝ている人間を踏みつけることもあった。執拗に追跡してきたヘリコプターはしかし、ベッドカバーがからまって爆発四散する。


 このほか登場するものの一部: 叙事詩『壊れたさじ』を暗唱する、アヒルのくちばしを持つオウム。チャールズ橋*2銅像の台座に小さなドアがついていて、そこが開いて小さなヘラジカたちが出てくる。像は本当はとても脆いもので、ヘラジカが何らかの手段で維持している。ドライフルーツにつきまとわれる。牡蠣が徒党を組んで人を襲い、すすり殺す。くだらなくて笑ってしまうような奇想の連続がいとおしい。エンターテイメント的なファンタジーではなく、かたくるしく重厚な幻想文学でもない、奇妙で軽快な小説であった。

The Other City (Eastern European Literature)

The Other City (Eastern European Literature)

 英訳第2弾も絶対買おう。訳者は違う人なのか。
The Golden Age (Czech Literature Series)

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*1:こちらでは一介のウェイターである。

*2:実際にあるもので、いくつもの銅像が列をなしているらしい。