ファイバーパンク&ファッションパンク - Yarn (2011) by Jon Armstrong(1)紹介

 才能と富に満ち溢れたファッション・デザイナー、テーン・セダーはある日仕事場で、粗布を引っかぶった人間の訪問を受ける。彼女の声は聞きたがえようもなく、遠い昔に彼が愛した女性ヴェイダのものだった。苦痛を終わらせるために《Xi》の服を作ってくれと請われたテーンは違法な素材《Xi》の繊維を求めて、非合法の商人のアジトから南極まで駆けずり回る。彼女と過ごした幸福な時間と、彼の運命を決定的に変えてしまったファッションの魔都シアトルハマ(Seattlehama)での体験を思い返しながら、テーンは久々に無謀な冒険を続けるのであった。
 現代パートではテーンが《Xi》の手がかりを追っていく。《Xi》は麻薬で、服の形にして皮膚にまとうことで摂取するもの。世界と一体化するような快楽と、痛みどめの効果があるが、使用を繰り返せば皮膚が焼け、傷になってしまう。現在は取り締まりも厳しくなり、入手はとても困難になっている。

 本書の重点は、過去パートにおいてある。労働力として生まれた男たちは、自分が属する氏族(clan)が生産する野菜に生涯を捧げ、働けなくなると「リサイクル工場」に赴く。制服は着心地が悪く、粗悪で、洗濯もままならない。ホルモンバランスを制御するための加工がなされてもいる。優秀な個体以外は一生、女性を知り、子をもうけることもない。それでも男たちはなんの疑問も持たず、自分の所属する氏族へ生涯尽くし続ける。
 トウモロコシ作りを基幹にしている有力氏族《M-Bunny》のテーンは、父を亡くした後、ファッション産業とセックス産業で成り立つ観光都市シアトルハマの仕立て屋で奉公を始める。奴隷扱いされ、意地悪なオーナーに辛くあたられた彼は、じつは繊維と服飾に関する天賦の才を持っていた。しばしの間、オーナーに命じられて他人の服から繊維を掏りとる仕事をさせられる。だが、自由の代償として請けた最後の盗みの現場で殺人が起こり、はめられたことに気づいたテーンは逃走する。
 紳士のロマンのための下着を編む、若く美しいキラ・シブイ。色々と世話を焼き、テーンに仕事を紹介する謎の女ピラー。そして空中艇で興行を続ける一座の女、年を経てなおも魅力的で、一目みたときからテーンの心をとらえて話さないヴェイダ。消費と退廃に満ちた大都市で、何も知らなかった青年は一から服作りのイロハを学び、見る間に才能を開花させていく。
 いくつもの愛と別れ。きらびやかな都に君臨するトップ・デザイナー、ミス・バンの所業と生い立ち。父と出生にまつわる、テーン自身の謎。ヴェイダ一座と共にミス・バンへ対抗するレジスタンスに身を投じた青年テーンは、するすると布をほどくように秘密を知っていく。かつて彼がシアトルハマで何をして、何をしなかったのか、ヴェイダの身には何があったのか――物語はクライマックスへ突き進む。
 
 舞台は「ロス・ベガス」「シアトルハマ」など少しずつ地名が変わった未来のアメリカだ。豊かに発展した、夢の未来都市が描かれる一方で、それを支える労働力の、人の命の安さも描写される。非人間的な労働力の管理が、元はといえば平和でよりよい世界を作るための手段だったことも示唆される。ウィリアム・ギブスンニール・スティーヴンスンを思いださせる都市描写の濃密さと、とぎれなく飛び出す造語やガジェットは確かにサイバーパンク風である。すこしニューウェーブがかってもいる。どこを切ってみても耳慣れぬ造語が飛び出してくるが、それでいてリーダビリティは抜群だ。
 「サッポロ・ハイアール」と呼ばれる七輪自動車が街を行きかい、バンパーについたロボット・アヒルが通行人にしゃべりかけてくる。あちらこちらで日本語や日本文化を思わせる要素も登場する。宝石箱のようなファーストフード。洒落た流行スナック「タコ・ドロップ」。超小型ミシン「ミニ=ジューキ」などだ。

 客の心をつかむため、もしくは敵を挑発したり、人の耳目を集めるために「セールス・ウォリアー」が繰り出す「ウォー・トーク」の詩的な連なりは、まるでファンション産業のおしゃれすぎるキャッチコピーのよう。ブランド同士の激しい抗争では、比喩ではなく人が死に、血が流れる。見目麗しいセールス・ウォリアーたちは編み針を交え、夜ごと火花を散らす。客に制限時間内にものを買わせないと、首輪がしまって死んでしまう売り子もいる。シアトルハマはおそるべき消費と競争の街なのだ。ミス・バンの過去を題材にした伝説にどっぷりとつかっており、行きかう者の多くが登場人物たちのコスチュームを装う。

 筋としてはビルドゥングスロマンである。若者が世界を知り、大人になる。そのシンプルな話を彩る想像力とテクニックがすばらしい。美しく装われた小説といえるだろう。ファッションが人をみじめにもし、自信を持たせもすること。ファッションによって人がどれだけ変身できるかということ。夢と希望、カルチャーが人に与える作用の大きさ。そんなことを噛みしめられる一冊だった。