ユダヤ教徒が食べても問題ない幻獣を仕分けた辞典-The Kosher Guide To Imaginary Animals (2010) by Ann & Jeff Vandermeer

 “The Kosher Guide To Imaginary Animals”(Tachyon Publications, 2010)by Ann&Jeff Vandermeer
 米国のファンタジー界を牽引するエディター、アン&ジェフ・ヴァンダーミーア夫妻。彼らが編集するアンソロジーは「ニュー・ウィアード」「スチームパンク」から「架空の病気*1」まで気を引かれるテーマばかり。そんな夫妻の新刊はひときわ異色な非・小説だ。100ページに満たぬ、小さくてかわいらしい本である。

The Kosher Guide to Imaginary Animals (The Evil Monkey Dialogues)

The Kosher Guide to Imaginary Animals (The Evil Monkey Dialogues)

 カシュルートというものをご存じだろうか。ユダヤ教徒における食事規定のことだ。この中で動物は「清い動物」と「不浄の動物」に分かれており、食べてよい清い動物はカーシェール(コーシャー)と呼ばれる。
 本書では「この幻獣ははたしてカシュルート上、食べてよいものか」という判定をA−Z順に夫妻がこなしていく。登場するのは東西の様々な架空の生き物たちである。1体につき見開き1ページが割かれ、左ページにイラストと生態解説が、右ページにはコーシャーか否かという判定が記されている。
 たとえばドラゴン、ベヒーモス、不死鳥、バンシーといった神話やファンタジー小説における有名株。あるいはコーンウォールの梟男(オウルマン)、ビッグフット(サスカッチ)、チュパカブラ、ジャカロープ(角の生えた兎)などの都市伝説でおなじみの面々。そしてE.T.に、シーモンキー登録商標)……さらに衝撃の項目が!
 ボルヘス
 「アルゼンチン原産の、この盲目のマジカル・クリーチャーは、長い時を経て人間としての血肉すべてが書物の紙に置き換わっている。」から始まる解説が素敵きわまりない。(この後、迷宮や図書館でしばしば発見されるこの幻獣に遭遇した者がたどる、恐るべき運命が警告される) ちなみにこのボルヘス、本でできたゴーレムと見なせるので不浄な動物ではない、食ってよしという結論が導き出されている。

 夫妻の妄想力の爆発はこれに留まらない。巻末では、料理番組でも活躍する気鋭のケーキ職人――実はスターウォーズWorld of Warcraftを中心としたガチのヲタク――ダフ・ゴールドマン*2を招き、調理アイディアを披露してもらっているのだ。 また公式サイトには料理レシピが掲載されている。本書には載っていない特別篇である。こちらの内容も「焼きクトゥルーのっけ盛りパスタ」「あぶりモンゴリアン・デスワーム巻」など読みどころ満載だ。
 さて本家『幻獣辞典』同様、本邦の妖怪も3体が検討されている。鐙口(あぶみぐち)、あかなめ、獏。なぜそのチョイスか。 追記(23:13):実はこの他にも本邦出身のモノがいるのだが、たいへん「!?」なのでご自分の目でお確かめあれ。これは妖怪と言っていいのか?

 獏はこんな感じ。
 以下余談:なお、ジェフ・ヴァンダーミーアの短篇は久々に邦訳され、今月24日発売のSFマガジン2010年6月号に掲載されるらしい。

  • この本と繋がる本

 マイケル・シェイボンユダヤ警官同盟』上下巻(新潮文庫
 →もしユダヤ人が集団入植したのがイスラエルではなくアラスカだったら? という架空の設定の下にハードボイルドを書いたもの

*1:ヒューゴー賞関連書籍部門ノミネート、世界幻想文学大賞アンソロジー部門ノミネート

*2:この人のケーキがいかにもアメリカンな感じでまたすごい。本当に食えるのかコレ。http://www.charmcitycakes.com/gallery