Tunneling to the Center of the Earth (2009) by Kevin Wilson

Tunneling to the Center of the Earth by Kevin Wilson(2009, Harper Perennial)
 2011年に初の長篇THE FAMILY FANGが大当たりし、さっそく映画化の話も飛び出した作家Kevin Wilsonは、この短篇集でシャーリイ・ジャクスン賞*1米国図書館協会のアレックス賞*2を勝ちとっている。
 特徴は妙な舞台設定+温かさやほろ苦さがしみる人間ドラマと、抜群のリーダビリティだ。ジョージ・ソーンダーズと比較されることが多い。冒頭からキレのある短篇小説を読みたい人にはおすすめできる、クオリティーのそろった一冊である。ただし、物語にひねりとか崇高さを求める人にとっては食い足りないかもしれない。おすすめには☆マークをつけた。

  • Grand Stand-In ☆

 語り手である初老の女性は、夫や子どもを持たない人生を送ってきた。ふと「祖母募集。経験問わず」との広告に興味をひかれたことから、彼女はレンタルおばあちゃんとして核家族に派遣される仕事に雇われる。それなりに楽しみながら各家庭で役割を果たし、うまく嘘をつく。同僚も酒びたりの駄目なばあちゃんを演じるのが得意なタイプや、設定を徹底してつくりこみ、主に偉大な祖父を演じるタイプなどいろいろだ。祖母業未経験のわりにはかなりうまくやっているはずだった。
 しかし、ある存命の祖母の身代わりを勤める羽目になった彼女は、仕事にいちじるしく苦痛を感じる。

  • Blowing Up on the Spot

 スクラブル工場で務める語り手の青年は、毎日はきだされる木のタイルの山からQを探す単純労働に従事していた。労働が人間性をすりつぶし、人を壊していくさまを語り手は横目でみながら毎日出勤・退勤をただ繰り返す。例えばM担当の女性はWと見分けがつかないといい、しまいにはMとWのタイルを仕分け前のタイルの山に投げこんでW担当の男性とトラブルを起こす。
 彼のいまの住まいは小さな菓子屋の2階にあり、菓子屋で店番をする孫娘と青年は次第に距離をちぢめていく。同居する弟ケイレブは学校では花形水泳選手ではあるが、謎の人体発火で両親を失ってから、たびたび自殺未遂を繰り返していた……。
 スクラブルクロスワードパズルのような単語探し要素のあるボードゲームだが、もちろん本篇のように人力で文字を探させて作っているわけがない! 作中では探すべき文字の数にノルマやボーナスが設定されており、作業のつらさにディティールを与えている。“Grand Stand-In”に続き、イヤな架空の仕事が二連続で登場だ。

  • The Dead Sister Handbook: A Guide for Sensitive Boys ☆

 このSisterは絶対に姉だと思う。
 冒頭に「第5巻」と書かれた、架空の辞典の一部という体裁の短篇。どうやら「死せる姉」にまつわるハンドブックらしい。一例を挙げよう。
 「ラクロス - すべての死せる姉たちは、棒をつかうスポーツをする。ホッケーとかアイスホッケーなどだ。(スポーツとレジャーの項参照)」(後略)
 なんだ、これは。
 そのほか「日記のありか」「失血」「彼氏の名」など思わせぶりな項目がそろい、お姉ちゃんを愛する君たちを待ち受ける。

  • Birds in the House

 日本人の母の遺言で、不仲な兄弟たちは「各自作った250羽の折り紙の鶴に風をあて、最後に残った鶴を作ったものがすべての遺産を相続する」勝負に精を出す。兄弟たちのひとりの息子が観察した、おとなげない競争の一部始終。

 青春の一コマを描いた一般小説(たぶん)。学校で同じクイズ研に所属し、べったりと仲良かった少年2人。しかしある日ついうっかり、友情から恋愛や性欲に踏み出してしまう。仲のよさ、ぎこちなさ、きわめて思春期らしい描写が著者の小説の巧さを感じさせる。タイトルは2人が家でプレイする格闘ゲームに由来。

  • Tunneling to the Center of the Earth

 表題作。大学を卒業したものの、研究内容は実学でもないし、とくに働きたいわけでもないしとニート化した数人。彼らは語り手の実家の裏を掘り進め、街中の地下に巣をはりめぐらせる。明確な目的もあてもなく、ただひたすら掘って。

  • The Shooting Man

 語り手の男は、同棲中の彼女に今度巡業にくる「自分の頭を銃でぶち抜く芸人」を観ようと誘いをかけるが、いやがられる。結局見に行くことになったものの――。オチも含め、異色作家短篇とか奇妙な味といわれる、昔のミステリ雑誌に載っていた話のような味わいである。ただし軽く小粒だ。恐るべき芸というつながりでスティーヴン・ミルハウザー「ナイフ投げ師」、妙なこだわりで彼女と別れる話つながりとして舞城王太郎「美しい馬の地」を思い出した。が、その2つのほうが空恐ろしい風格があっておすすめできる。

  • The Choir Director Affair (The Baby's Teeth)

 生物学を私立学校で教える男が、そこで女声コーラス指導を受け持つ女性と不倫した。その結果生まれた赤子には、生まれたときから大人のような白く丈夫な歯がそろっていた。罪と興味の話?

  • Go, Fight, Win

 青春小説その2。美人だが変わり者の少女ペニーは、母親の勧めに従ってチアリーディングチームに入った。しかし特にチームメイトとつるんだり言葉を交わそうという気持ちもなく、参加しているといっても基本的に無言で踊りに加わり、ランダムにGoかFightかWinと叫ぶくらいである。趣味は車の模型づくりだが車種や出来にこだわるわけでもなく、なにか手を動かすことで無駄な考え事をしないようにしているのではないかと思われる。
 そんな彼女が、近所に住むだいぶ年下の少年に好かれ――彼もまた、空を飛ぼうとしたり奇行が多い――彼に対する愛か執着に似たものを初めて感じるようになる。並行して、学校で運動部の男からアプローチを受けたり、衝動的に他校の生徒に暴言や暴行をふるうことになったり、チームメイトのひとりが友達になろうと近づいてきたりと高校でも少しずつ他者との関わりや変化を経験するようになるのだった。

  • The Museum of Whatnot

 学芸員の女の子と老紳士という洒落た組み合わせの恋愛小説である。個人が収集したどうでもいいガラクタのコレクション、たとえばスプーン、乳歯、アプリコットの缶詰のラベルなどを所蔵する博物館につとめる主人公は、31歳。母親からは結婚や恋愛についてせっつかれている。かつて大学内にある二流な歴史博物館でアルバイトをし、小説家志望の彼氏と同棲する暮らしを捨て、身の回りのわずかなものだけをもって今の勤め先の近くへ越してきた。しかし、今の環境も退屈には違いなく、収集物にハタキをかける以外にろくに仕事もなかった。お土産コーナーのTシャツだって売れたためしがない。
 毎週博物館に来て、あるコーナーへ立ちどまる老紳士のことが気になりだした彼女は、こっそり彼を観察し始める。

  • Worst-Case Scenario

 最悪の事態を想定し、解説するコンサルティング業に就いている男は、新しく子どもを授かった母親にありとあらゆる最悪の事態を説明し、彼女を不安に陥れる。しかしそれが仕事なのだからしかたがない。
 職務に引き裂かれる人間の苦悩や、彼自身の生活のままならなさにまつわる話。

 読んでからだいぶ時間があいたが、ちょっと冒頭を読むだけでそっくり内容が思い出せた。著者はそれだけのインパクトと明快さを安定して維持しているわけだ。

Tunneling to the Center of the Earth: Stories (P.S.)

Tunneling to the Center of the Earth: Stories (P.S.)

*1:心理サスペンス、ホラー、ダークでファンタスティックな小説が対象。

*2:12-18歳のヤングアダルト世代に読ませたい、大人向けに書かれた本。