ニール・アッシャー “Strood”

 アッシャーはアクションSFの人というイメージだったが、これは懐かしい感じのワンアイディアでオチをつけた小話。人類よりだいぶ進んだ技術を持つ異星人たちがやってきて、不治だった病も治してくれるようになった。ガンに冒された主人公も異星人に助けを求めるが……。

超人類カウル (ハヤカワ文庫SF ア 8-1)

超人類カウル (ハヤカワ文庫SF ア 8-1)

パオロ・バチガルピ “The Gambler”

 ラオスで起こった政変後、少年オンは両親に逃がされて母国を後にした。情報が統制され、故郷は今も内部の情報がほとんど観測できないブラックホールと化している。
 成長したオンは、米国のニュース会社の記者になった。しかし、ページビュー数や世間の反応が会社の株価や従業員評価へ即刻反映されるこの時代、彼が執筆する環境問題や政治の記事は人気がなく、上司からは解雇のおどしまでかけられている。
 そんなときオンは花形記者マーティから、国際的な人気を誇るラオス出身の歌姫クラープの取材というチャンスを与えられるが……。
 2009年にヒューゴー、ネビュラ両賞の候補作となった本編は、至近未来SFだ。発表当時より2017年の今のほうが、より差し迫った問題として情報や表現の自由、発信者の良心といったテーマを受け取れる。構成がとても巧みな佳作だが、それでも個人的には「第六ポンプ」(傑作!)のほうが更にお勧め。「第六ポンプ」で描かれるのも絶望的な社会ではあるが、なんといってもユーモアのさじ加減が優れている。

チャールズ・ストロス “Rougue Farm”

 バイオエンジニアリングが大きく進歩した未来。ジョーとマディの夫婦が暮らす牧場の近くに“ファーム”がやってきた。戦車くらいのサイズで皮膚の質感は黒皮のよう、3本の眼柄と9本の足があり、イーストとガソリンのにおいを放つ。そんなファームの正体は、半ダースくらいの人間の集合体だ。独自の思想信条の下に生きている。ジョーからしてみれば、まったく理解できない存在だ。
 夫婦はファームをおどして所有地から追い出したものの、それは所有地のわずか先に根を下ろし、自らを宇宙へ打ち上げるための準備を始めてしまった。打ち上げが成功したあかつきには、周辺一帯は焼け野原になる。はたしてジョーたちはぶじファームを駆除できるのか?
 ストロスの作風のサンプルにはうってつけの短編だ――あふれんばかりのガジェット、変な生き物、ときにブラックなユーモア、いずれも充実している。ちょっとしたトラブルに見舞われ、それを解決する一本道な物語が、ストロスの手にかかればやたら面白い。
 秘訣はやはり、アイディアの濃さだろう。ジョーたちの農場では蜘蛛牛とやらを飼育しているし、知性化された飼い犬はマリファナをやっているし、妻のマディはかつてメソポタミア地方での平和維持活動に従事していた元兵士で、いまだに心の傷が癒えていない。
 肉体や意識に対するかけがえのないものという倫理観が、技術の進歩であっさり吹き飛んでいる未来像から最後の一文に至るまで、実にストロスらしいユーモアが楽しめる。

ヴァンダナ・シン “Infinities”

 SF色は薄いが、重く濃密で読みごたえがある。数学にとりつかれた男の一生。ジョン・ウィリアムズストーナー』に、地域の宗教対立問題を加えたような話である。
 アブドゥル・カリムはイスラム教徒とヒンドゥー教徒が混在する地域で暮らしている。町の学校で長いこと数学を教えてきた。小柄で細身、もう若くない。息子たちは独立し、妻はすでに亡く、ひとり老いた母を介護しながら日々を過ごしている。
 彼の学生時代からの友人ガンガダルはヒンドゥー教徒で、文学を学んで研究者になり、時おり詩を書いている。興味が共通するわけではないが、アブドゥル・カリムにとっては唯一の理解者である。作者が示唆するのは、物理学や数学は世界の見かたの一例を提示する学問であり、その点で詩や文学と共通することだ。本作の合間合間では、主にインドやパキスタンの数学者と詩人の言葉が引用される。
 まず、読者の胸に重く残るのは、主人公が何より好きな数学理論への取り組みより、家族と生きる人生を優先し続けた姿だろう。父の死によって研究者の道をあきらめ、故郷に戻って働き、妹たちの持参金を捻出する。不器用な家長の見本のような男だが、真面目に生きてきたことは間違いない。老いてからようやくやりたいことができるようになる。これは、いま日々労働に勤しみ、定年まであと三〇年ほど「逃げ延びられる」かとぼんやり悩む身には深く刺さる。
 人間がメインテーマとなる印象がある作者で、個人的にはあまり関心が高くなかったが、密度と迫力にすっかりやられた。

21世紀の英語圏SFについて・はじめに

 本邦で『00年代海外SF傑作選』が出ないまま、2017年になってしまった。現在、英語圏のSFの動向を知るチャンスはあまりに少ない。(しかし、その状況に文句を言うのも不毛な行為である。商業出版は売り上げありきだ)
 というわけで、淡々と読んだ英語短編を記録する試みを再開する。ただし平日は余暇時間がゼロなので、無理しない程度にマイペースにやる。

 まずはおさらいから始めよう。
 この企画(カテゴリ:21st century SF)は 21st Century Science Fiction (2013)をテクストに、ここ十数年の英語圏のSF短編を振り返る試みである。大ベテランSF編集者デイヴィッド・G・ハートウェルとパトリック・ニールセン・ヘイデンによって編まれ、2003年から2011年に発表された短編が34作収録されている。
 下記がその収録作リストで、邦訳があるものは記してみた。漏れがあれば教えてください。

“Infinities” by Vandana Singh
“Rogue Farm” by Charles Stross
 ➡金子浩・訳「ローグ・ファーム」(SFM2007年4月号掲載、山岸真・編『スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選』所収)
“The Gambler” by Paolo Bacigalupi
 ➡古沢嘉通・訳「ギャンブラー」(SFM2011年4月号掲載)
“Strood” by Neal Asher
“Eros, Philia, Agape” by Rachel Swirsky
“The Tale Of The Wicked” by John Scalzi
 ➡内田昌之・訳「ウィケッドの物語」(SFM2010年1月号掲載)
“Bread And Bombs” by M. Rickert
 ➡小野田和子・訳「パンと爆弾」(SFM2005年1月号掲載)
“The Waters Of Meribah” by Tony Ballantyne
“Tk’tk’tk” by David Levine
 ➡市田泉・訳「トゥク・トゥク・トゥク」(SFM2007年3月号掲載)
“The Nearest Thing” by Genevieve Valentine
“Erosion” by Ian Creasey
“The Calculus Plague” by Marissa Lingen
“One Of Our Bastards Is Missing” by Paul Cornell
“Tideline” by Elizabeth Bear
 →田中一江・訳「受け継ぐ者」(SFM2009年3月号掲載)
“Finisterra” by David Moles
 ➡三角和代・訳「フィニステラ」 (SFM2009年3月号掲載)
“Evil Robot Monkey” by Mary Robinette Kowal
“The Education Of Junior Number 12″ by Madeline Ashby
“Toy Planes” by Tobias Buckell
“The Algorithms For Love” by Ken Liu
 ➡古沢嘉通・訳「愛のアルゴリズム」(『紙の動物園』所収)
“The Albian Message” by Oliver Morton
“To Hie From Far Cilenia” by Karl Schroeder
“Savant Songs” by Brenda Cooper
“Ikiryoh” by Liz Williams
“The Prophet Of Flores” by Ted Kosmatka
“How To Become A Mars Overlord” by Catherynne M. Valente
“Second Person, Present Tense” by Daryl Gregory
 ➡嶋田洋一・訳「二人称現在形」(SFM2007年1月号掲載)
“Third Day Lights” by Alaya Dawn Johnson
“Balancing Accounts” by James Cambias
“A Vector Alphabet Of Interstellar Travel” by Yoon Ha Lee
“His Master’s Voice” by Hannu Rajaniemi
 ➡酒井昭伸・訳「懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)」 (SFM2011年12 月号掲載)
“Plotters And Shooters” by Kage Baker
“The Island” by Peter Watts
 ➡矢口悟・訳「島」 (SFM2011年3 月号掲載)
“Escape To Other Worlds With Science Fiction” by Jo Walton
“Chicken Little” by Cory Doctorow

21st Century Science Fiction (English Edition)

21st Century Science Fiction (English Edition)

Understories (2012) by Tim Horvath

Understories by Tim Horvath (2012, Bellevue Literary Press)

 著者の初の短篇集。創作指導の講師、カウンセラーとして務める傍ら、年2回刊行の文芸&フォトZine Camera Obscura Journalのエディターとしても活動する小説家だ。Conjunctions誌やDIAGRAM誌で小説が掲載されたこともある。

 私がHorvathのことを知ったのはイベントの告知からだ。パトリック・マグラアとの共編アンソロジーTHE NEW GOTHIC*1やConjunctions誌の編集長業で知られ、作家として近年もゴシック小説短篇集や超常要素のあるミステリ長篇を上梓しているブラッドフォード・モロー。文学・ホラー・SF・幻想小説・ミステリの境界にたたずみ、近年めざましい執筆ペースを誇るブライアン・エヴンソン。その二人とともに何やら気になる書店イベント(“Laughter in the Dark: The Comedy of Noir”)で登壇した知らない新人。私、気になりました。で、これが短篇集の表紙だ。なかなか素敵でしょう。

 Rebecca Makkaiは本書に「ボルヘスカルヴィーノ、ケヴィン・ブロックマイヤーを口寄せ中。しかも成功。」とのコメントを寄せている。が、実際よんでみたところ、期待のハードルを上げすぎて悔いるはめになった。私の好みからは割と離れた作風だった。(理由1、人間関係をテーマにした話が多い。理由2、展開が起伏なく淡々としている) もっと短篇小説の妙味や、おそろしいくらいの想像力の冴えが味わいたかった。

 ともあれ、何篇か紹介しよう。
 “The Understory”は20世紀前半、ドイツのフライブルク大学を舞台に、影が薄く侮られがちな研究者シェーナー博士*2と学内の花形教授マルティン・ハイデッガーのささやかな交流と離別を描いている。
 森をほっつき歩き、ときに木に登る姿を遠巻き気味に眺められ、生徒にもなめられっぱなしのシェーナー。しかし優秀な教え子が「ハイデッガー先生の授業と時間が重複してしまうので、残念ですがこの講義には出られなくなります」と言い出したがため、勇気をふりしぼってハイデッガーに接触する。

 「樹皮のかけらから何が学べるというんです? そのようにしげしげと見て」
 (作中のハイデッガーの台詞)

 シェーナーの研究にハイデッガーが見せた関心は、意外にも社交辞令ではなかった。ふたりはしばしば森で散歩し、語らうようになる。しかしユダヤ人であるシェーナーの周囲には反ユダヤ主義の影がせまる……。
 かたや目だたない凡庸な講師、かたや学内のスーパースターの二者はナチズムを軸にしても対照的な関係だ。しかしこの作品ではドラマティックなことはなにも起こらない。シェーナーは徐々にハイデッガーと疎遠になり、その後アメリカへ逃れ、彼の内心をついに理解することもない。

 “Planetarium”は妻子を連れて旅行に出た男が、少年時代に同級生だった男と遭遇する。さほど親しくもなかった相手は、ふと「プラネタリウムの会」の話を語りだす。科学教育に力を入れていた進学校だったため、小型プラネタリウムのついた部屋があった。そこへ侵入する手段を見つけた何人かの少年たち。だがある日、生徒がボヤ騒ぎを起こしてしまい、部屋は封鎖されてしまう。語り手は「プラネタリウムの会」に参加していたことを頑として認めず、元同級生は絶対にいたに違いないと主張して激昂する。

 この二本はいずれも人生における「すれちがい」をめぐるリアリズム小説だ。本や図書館にもまつわる中篇“Circulation”は父子関係の話であり、本書では男たちの関係性がくりかえし取り上げられる。

 もちろん、お待ちかねの幻想小説もちゃんと収録されているのでご安心を。本書の引き合いにカルヴィーノの名が出されているのは、架空の街を紹介する掌編Urban Plannningシリーズの存在あってのことだ。
 “Case Study Number Four”はすべてが柔らかくねとついた街ガンゾニーアの話。堅固なものはなにもなく、この街のコラムニストのスタンスは毎日変わり、政治家にいたっては毎時間主義主張を変える。一週間以上ひとつの考えにしがみつくのは異常と見なされる。
 “Case Study Number Five”では、一日6食の習慣がある小都市ヴァッシロニアに食のビジネスブームが訪れる。ありとあらゆる国の料理を出す店が出現し、平凡なビルは巨大な調理器具型に次々変わり、食がすべての中心になる。経済にとどまらず、文化も食に支配される。服飾の店は、各国料理に合わせるための服や、マジパンなどの食材からできたドレス、あるいは単に食べこぼしてもいいような服を売り出す。風俗街はクリームやファッジ、調味料を塗ったり塗られたりするプレイでにぎわう。
 “Case Study Number Six”に出てくるのは、都市であることを否定する都市だ。公害も発生しているほど人工的で近代的な街並みなのだが、住民はその現実から目をそむけ続ける。高層ビルを「山」と呼び、中央駅を「丘」と呼び、水辺の工業地帯を「沼沢地」と呼び、下水道は「アロヨ(乾燥地帯の小川)」、褐色砂岩を貼った高級住宅は「茶色い岩」、市庁舎は「迷子石」で市長は「丘の間から来たキノコ採り」と呼ばれる。そんなアホな。
 この手の話は、ちょっと楽しい。しかしアイディアを見せただけに留まり、それ以上ヒネリや心を揺さぶる何かがあるわけではないのでやはり物足りない。Horvathの魅力はおそらくミニマルなところ――ささやかさ、地味さと言い換えてもいいだろう。代わり映えのしないところをじっと見つめるうちに、はっと気づく。そんな体験を狙っている気がした。

 著者のギャグが一番ストレートなのは“Altered Native”だ。これは「もしゴーギャングリーンランドに行ったら」という、妄想をつづったような一篇で完全に出オチである。本作ではタヒチに飽きたゴーギャンが「グリーンランド――今度こそまさしくプリミティヴィズムが約束された地。」とか、響きを立てて動く氷はド派手なマンゴーより静物画のヴァニタス(はかなさ)の表現にふさわしいとか考え、毛皮と白・銀・クリーム・象牙色などの絵の具を買いこみ、かの地へ赴くのだ。イヌイットの女性のヌードを描き、また北国版『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』を完成させもする。
 架空歴史ものになるわけでもなく、批評としての創作になるわけでもなく、現実のゴーギャンと変わらず主人公がただ貧困と孤独の中で亡くなる話にするのがHorvathらしい。フィクション嗜好が「薄味好み」の方なら、私より本書を楽しめるのではないかな。

Understories

Understories

*1:邦訳は『幻想展覧会―ニュー・ゴシック短篇集』二巻組(福武書店, 1992)

*2:架空の人物?

The Universe in Miniature in Miniature (2010) by Patrick Somerville

The Universe in Miniature in Miniature by Patrick Somerville (2010, Featherproof Books)

 新鋭作家の集うfeatherproof Booksより刊行された短篇集。限定版はモビールになる表紙つき!

(from http://www.featherproof.com/Mambo/index.php?option=com_content&task=view&id=273&Itemid=41

 ネタバレあり。全作レビューではない。おすすめは☆つき。

  • The Universe in Miniature in Miniature

 表題作。SSTD(School of Surreal Thought and Design)で出会った3人の学生たち。先生もいなければ宿題もなく、ただひたすら自分の課題を研究させねばならない学校で、そもそも課題もまったくの自由だという。ルーシーは「甚大なるトラウマとそれに伴う家庭崩壊」をテーマにし、ライアンという青年をストーキングしている。ときにはバンで張りこみ、彼の家には18個の隠しカメラを設置して。聡明な好青年だったライアンは、コンクリートで頭を打ってから自分で着替えることもできなくなっていた。ルーシーもローズも、ライアンにかつてあこがれていたのだが。語り手であるローズのほうは、表題のような模型(モデル)『「太陽系天体模型」の模型を作る男の子やそれを手伝う父親の模型』を課題にしていた。
 ある日、学校から突然、手紙を初めてうけとり、指導教官に会いにいくよう指示を受けたローズはミシガン湖におもむく。パン屋で合言葉を伝えると、ビスケットでできた壁が開き、隠しエレベーターが起動し、湖の底にある《謎の硝子宮殿》への道が開かれた。
 指導教官に会いに行く際のドリーミーなところは絵になりそうだが、どうも全体的にパンチにかける。オチのしまり方もいまいちだ。学生たちの課題ももっと奔放もしくは無意味なものでもよかったような気がする。

  • No Sun

 自転の停まった世界でずっと日の射さない側に暮らす主人公。緩慢な世界の終わり。
 最後に、上空で凍りつき、ミサイルのように小屋に落ちてきた鳥が息を吹き返すところでかすかな希望が示される。

  • Vaara in the Woods 

 モンスターもの。「ぼくの祖父であるJames Somervilleは……」という語りがあるので、語り手はSomerville自身らしい。ごく短いが、B級POVムービーのような暴力性と、怪奇小説じみた不穏でぐらついた結末が好み。

  • Hair University ☆

 38歳の主人公は故郷で独身生活を送っている。あるとき、友達のフィルが「かみのけ大学」で危険な実験の被験者になりたいと言い出す。認可されておらず、カリブ海の孤島にひっそり建っているという「かみのけ大学」――しかしそれは、40を目前にしてほとんど頭髪がなくなってしまったフィルの最後の希望なのだ。メキシコ料理屋で主人公は参加を反対し続けるが。(以下、拙訳で抜粋)

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